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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)9688号 判決 1983年6月08日

原告

中田公一

原告

岡西政一

原告

安森良枝

右三名訴訟代理人

中山厳雄

大深忠延

被告

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

澤田英雄

外三名

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一原告らの本訴請求は、郵政省において昭和五五年度発売の年賀用葉書として年賀葉書を売さばき期間を昭和五五年一一月七日から昭和五六年一月一〇日までと定めて発売しておきながら、それを発売開始後忽ちにして売切れとし、右売さばき期間内に最寄の郵便局窓口において買い求めようとした原告らの申込に応じてその売渡をすることができなかつたことが、郵政大臣の職務上の注意義務違反に該当するとして、国家賠償法一条一項に基づき被告国に対し損害賠償の支払を求めるものである。

ところで、郵便事業は、国が国民に対し郵便の役務を提供することによつて公共の福祉の増進をはかることを目的としたものであつて、公企業として行われているものであるが、事業内容自体私人の行う行為と特に異るところがなく、私的事業に類似する非権力的なものであつて、もとより国の権力の行使を本質とするものではなく、このことにかんがみると、国の郵便事業を行う郵政省と郵便利用者との間に生ずる郵便の利用に関する法律関係は、純然たる経済関係であつて、私法上の法律関係であるといわなければならないところ、郵便切手類の売さばきは、郵便の送達等に付随するものであつて、右にいう郵便の利用に含まれることはいうまでもないことである。そうすると、年賀葉書の売さばきにつき郵政省と原告らとの間に生ずる法律関係は、私法上の関係にあたり、したがつて、これが公法上の関係にあたるとしてする原告らの本訴請求は、失当であるといわなければならない。

そこで、以下原告ら主張の事実によれば、被告において民法不法行為に関する規定に基づき損害賠償の責に任じなければならないかにつき検討する。

二請求原因一項の事実は当事者間に争いがなく、また、<証拠>によれば、都島中通三郵便局においては、年賀葉書発売当日の昭和五五年一一月七日午后二時半ころ寄附金なしの年賀葉書が、同月一二日午后二時ころ寄附金つきの年賀葉書がそれぞれ売り切れたことを認めることができ、本件口頭弁論の全趣旨によれば、大阪北久宝寺郵便局においては、発売当日の同月七日寄附金なし及び寄附金つきの両年賀葉書がともに売り切れ、これに伴い、同月一〇日寄附金なしの年賀葉書一〇万枚、寄附金つきの年賀葉書五万二〇〇〇枚の二次発売が行われ、同月一三日前者の年賀葉書が、翌一四日後者の年賀葉書がそれぞれ売り切れたこと、高槻富田西郵便局においては、発売翌日の同月八日寄附金なしの年賀葉書が、同月一一日寄附金つきの年賀葉書がそれぞれ売り切れ、これに伴い、同月八日寄附金なしの年賀葉書一万六〇〇〇枚の二次発売が行われ、同月一〇日これが売り切れたことをそれぞれ認めることができる。ところで、

1  <証拠>によれば、原告中田公一は、肩書住所地(尼崎市)に居住し、大阪市都島区南通り二丁目一二番五号に事務所を構えて行政書士をしていた者であるが、昭和五五年一一月七日午后二時半ころ平素利用している右事務所近くの都島中通三郵便局に赴き寄附金なしの年賀葉書を買い求めようとしたところ、同年賀葉書が前認定のように売り切れた直後であつて、これを買い求めることができず、岡郵便局職員から、前認定のように、当時まだ売切れになつていなかつた寄附金つきの年賀葉書ならある旨聞かされたが、他の箇所をあたつてみるといつてこれを買い求めないまま帰り、その後同年一二月下旬に至つて民間業者が図案を印刷することにより百貨店で売り出していた年賀葉書を携え右郵便局に赴き、年賀葉書の発売につき苦情を述べたことを認めることができ、<証拠>中、昭和五五年一一月一四日ころ原告中田においてその事務所で使用している事務員を右郵便局にやり、次いで、その後自ら右郵便局に赴き年賀葉書を買い求めようとしたが、すでに全部売切れていてこれを買い求めることができなかつたとの部分は、供述が曖昧であり、<証拠>に照らし措信することができない。

2  <証拠>によれば、原告岡西政一は、肩書住所地(堺市)に居住し、大阪市東区南久太郎町一丁日二三番地において会社組織の興信所を経営していた者であるが、昭和五五年一一月七日正午ころ会社の事務員を右会社近くの大阪北久宝寺郵便局に赴かせ年賀葉書一〇〇枚を買い求めようとさせたところ、前認定のように売り切れていて、これを買い求めることができず、その後事務員を前認定二次発売をしていた右郵便局に赴かせ、当時発売していた寄附金つき年賀葉書五〇枚を買い求めさせたほか、別に友人に頼んで年賀葉書一〇〇枚を買い求め、これにより当初希望していま数量の年賀葉書を買い求めることができたが、後に不足が生じ、同年一二月二二、三日ころ民間業者において図案を施した年賀葉書一〇枚を買い求めたことを認めることができ。右認定に反する証拠はない。

3  <証拠>によれば、原告安森良枝は、肩書住所地(茨木市)に居住してスナックの経営をしていた者であるが、昭和五五年一一月一四、五日ころ最寄の高槻富田西郵便局に赴き寄附金なしの年賀葉書を買い求めようとしたところ、前認定のように、これが二次発売分を含めてすでに売り切れ、かつ、寄附金つきの年賀葉書も売り切れていて、年賀葉書を買い求めることができなかつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そして、右認定の事実によれば、

原告中田は、年賀葉書の発売当日に郵便局に赴いたため、寄附金つきの年賀葉書であるならばこれを買い求めることができる機会に一旦恵まれていたが、その買い求めを躊躇し、寄附金なしの年賀葉書の買求めにやゝ固執したため、これがすでに売り切れていて買い求めることができず、そのうち寄附金つきの年賀葉書を買い求める機会をも失うに至つたものであり、

原告岡西は、当初希望した数量の年賀葉書を一応買い求めることができたが、後に不足を生じ、これを買い求めようとしたときには発売開始の日から約一か月半を経過していてすでにこれが売切れとなり買い求めることができなかつたものであり、

原告安藤は、年賀葉書の発売開始の日から約一週間を経過した日に郵便局に赴いたため、これが売切れとなつていて買い求めることができなかつたものである、

ということができ、これらによれば、原告らにおいて希望どおり年賀葉書を買い求めることができなかつたのは、最寄の郵便局窓口において年賀葉書の発売期間中、原告中田の場合は、少なくとも発売当日中特に寄附金なしの年賀葉書を、原告岡西の場合は、少なくとも発売当日から約一か月半の期間中年賀葉書を、原告安森の場合は、少なくとも発売当日から約一週間の期間中年賀葉書をそれぞれ準備することによつて顧客の需要に応ずることのできる態勢を整えていなかつたことにあるといつて差し支えない。

三郵政省は、かねて我が国において年頭に新年の祝詞を交換する国民的習慣があり、その手段として郵便が盛んに用いられていたことから、かねてより年内の一定期間内に差し出された年賀状とする郵便につき、特別の料金を徴することなく、年賀特別郵便としてこれを翌年一月一日の最先便から配達するとの特別の取扱をすることにして国民の要望に答えていたのであるが、年賀状による新年の祝詞の交換につき正月の雰囲気を現わす趣向を凝らして更に一層国民の要望に副うべく、一般の郵便葉書とは別に、郵便に関する料金をあらわす証票を、正月を象徴するような図案にして赤色で印刷するとともに、くじびきによるお年玉つきとした年賀葉書を発売することにしたものであると推察することができる。

そして、年賀葉書は、郵政大臣において発行の数等につき郵政審議会にはかつたうえ、発行の数、売さばき期間等を事前に告示することにより発行されるものであるが(お年玉つき郵便葉書及び寄附金つき郵便葉書の発売並びに寄附金の処理に関する法律二条、五条三項、同法律施行令一条)、その発行は、発行の趣旨が前記のようなものであって、結局、その発行により経済、特に文化活動の向上を促し、ひいては、公共の福祉の増進をはかることによつて郵便法一条に掲げる郵便事業を行う目的の達成を目指しているものであることにかんがみると、年賀葉書は、国民の需要を確実に満すに足りる数量のものが発行されることが望ましいことではある。しかしながら、右数量を事前に正確に予測することは技術的に困難なことであつて、右数量のものを発行しようとすれば、勢い、余分のものを、しかも、年賀葉書は全国各地の多数の郵便局に準備して販売しなければ国民の需要を満すことができないことよりすれば、かなり厖大な数量にのぼる余分のものを発行しなければならなくなるが、このようなことをすれば、売れ残ることとなる余分の年賀葉書を他に流用する途がないだけに、無駄で、しかも、厖大な出費をあえてすることになつて、なるべく安い料金で郵便の役務を提供することができなくなり、郵便法一条に掲げられている郵便事業を行うにあたり遵守すべき根本的規範に反することにもなりかねないのであるから、郵便による年賀の祝詞の交換は、常に国民の需要を満すに足りるだけの数量が発行されている通常の郵便葉書によつてもこれをすることができることなどを合わせ考えると、年賀葉書の発行数量は、郵政省において過表における発行実績、事前に予測される需要動向ないし需給状況経済性その他諸般の事情をしんしやくし自由な裁量によりこれを決定することができると解するのが相当であるし、また、郵政大臣の告示する年賀葉書の売さばき期間は、特別郵便物としての年賀葉書を売さばくことができる期間を指し、常に買求めの申込に応じられるように売りさばいていなければならない期間を指すものではないというべきである。<証拠>によれば、郵政省は、かねて年賀葉書の発行にあたり、過去の販売状況、配達通数、引受部数、人口の伸率等を調査して需要動向、需給状況を予測し、これらを勘案しながら、売れ残りが生じず、しかも、需要者の要求にできるだけ応ずることができる数量を決定しようとしていて、昭和五五年度における年賀葉書の発売に際しても、この例にならつて発売数をまず前年より六億枚多い二八億五〇〇〇枚(うち寄附金つきのもの五億枚)と決定し、寄附金つき年賀葉書については郵政審議会にはかつて前認定のように昭和五五年一一月七日からこれを発売したところ、意外に早く売切れとなつたため、更に三〇〇〇万枚を追加発売したが、これまた売り切れ、近畿郵政局管内においては全体的にみて発売開始後八日間くらいで寄附金なしの年賀葉書が、発売開始後一二日間くらいで寄附金つきの年賀葉書がいずれも売り切れてしまつたことを認めることができる。

そして、昭和五五年度発売の年賀葉書が、右認定のようにして発売数量を決定のうえ発売されたものである以上、すでに説示したところによれば、原告らにおいて前認定のようにこれを買い求めることができなかつたことが、郵政省による需要予測等の誤りに基因するものであつたとしても、このことから郵政大臣に職務上の注意義務に違反し裁量権の範囲を逸脱した違法の所為があつたとすることはできない。

五ところで、年賀葉書の発行数量の決定が郵政省の自由な裁量に任されているとしても、このようにして一旦発行された年賀葉書については、所定の売さばき所においてなんびとといえどもこれを身分等により差別されることなく平等に買い求めることのできる機会が与えられなければならないものであることは、郵便事業の利用の公平につき定める郵便法六条の規定に照らしても明らかである。

1  さて、前認定のように、近畿郵政局管内においては、全体的にみて発売開始後八日間くらいで寄附金なしの年賀葉書が、発売開始後一二日間くらいで寄附金つきの年賀葉書がそれぞれ売り切れ、特に、寄附金なしの年賀葉書については、都島中通三郵便局、大阪北久宝寺郵便局(但し、一次発売)のように発売開始の当日、高槻富田西郵便局(但し、一次発売)のように発売開始の翌日にいずれも売り切れるものであつて、年賀葉書、特にそのなかの寄附金なしのものについては、その払底感が巷に漂つていたと推認されるところ、各成立に争いのない甲六号証ないし一〇号証の各一、二、第一一号証及び原告中田公一尋問の結果によれば、大阪市内の百貨店などで寄附金なしの年賀葉書に図案等を印刷して五枚ないし一〇枚を一組にしたものが、一枚につき五〇円ないし七〇円の割合による代金でかなりの数量発売されるに至つたことが認められる。

ところで、年賀葉書は、通信の用に供されるものとして売りさばかれているものであつて、これに加工を加えて商業的利益を得させることを第一の目的として売りさばかれているものではないから、これを通信の用に供するために買い求めようとする一般顧客の需要を満すことができなくなると認められるような確かな事情があるときに、これをもつぱら加工を加えて販売し利益を収めようとしている業者に対してあえて大量に売りさばき、これにより一般顧客の買求めを不可能にするがごときことは、到底許されるべきことではなく、郵政省としてはかかる事態が生ずることのないよう配慮すべきであるといつて差し支えない。

しかしながら、年賀葉書を売りさばく郵便局等においてその売りさばきにあたり、特段の事情もないのに自ら進んでいちいち顧客に対し買求めの理由を訊したうえで買求めの申込に応ずるか否かを決するがごときことは許さるべきもないことであるから、一見して、一般顧客とは異なり、営利目的で年賀葉書の買占めをはかつている業者であると認められるような特段の事情が現われている者でない限り、これらの者をそのまま一般顧客と同列に扱い、これに対し売渡をし、その結果、一般顧客向の発売数量に影響を及ぼしその買求めを不可能にすることがかりにあつたとしても、これをもつて違法の措置に及んだということはできないところ、前認定百貨店等において売り出されていた図案つき年賀葉書については、これがなんびとにより、いつ、どこで、どのようにして買い集められたものであるかを具体的に明らかにするに足りる証拠は一切なく、ひいては、右年賀葉書を買い集めたものにつき、一般顧客と同列に扱つてはならないとするに足りる前記特段の事情が現われていたことを認めるに足りる証拠もないのであるから、郵政省において右年賀葉書を買い集めた者に対し一般顧客と同じく年賀葉書を売り渡したとしても、これをもつて原告ら主張のように違法であるということはできないのみならず、そもそも、右年賀葉書の買集めに直接影響されて原告らの年賀葉書の買求めが不可能になつたことを認めるに足りる証拠はないのである。

2  <証拠>によれば、新聞のなかには、昭和五五年度発売の年賀葉書につき、郵政省において販売の促進をはかるあまり、小口の需要家は長い行列を作つてこれを買い求めているのに、大口の利用者に対しては予約による注文をとり、かつ、配達のサービスまでしている旨を報ずるものがあつたことが認められるところ、<証拠>によれば、近畿郵政局においては昭和五五年度発売の年賀葉書につき早期完売をはかるため、管内各郵便局に対しその指導をしていたことを認めることができる。

ところで、年賀葉書は、元旦に配達されることが強く要請されているが、差出が一定の時期に限られ、しかも、差出数量が厖大な数量に及ぶのであるから、右元旦配達の要請に答えるためには、利用者による早期の差出、ひいては、その早期の完売が要請されるに至るのはけだし当然のことであつて、これよりすれば、近畿郵政局において管内各郵便局等に対し早期の完売につき指導し、この指導を受けた各郵便局において早期完売に努めたとしても、その間利用者に対し公平を欠くような売りさばきをしたのであれば格別、これをしていない以上、このことをもつて違法とすることはできない。ところで、<証拠>によれば、右各郵便局における年賀葉書の販売については、左記内容の指導、すなわち、「より多くのお客さまに行きわたる販売」を基本方針とし、寄附金なしの年賀葉書については少なくとも一週間は必ず販売することとする一方、遅くとも、寄附金なしの年賀葉書を昭和五五年一一月二二日までに、寄附金つきのそれを同年一二月八日までに完売することなどを重点項目とし、これらを推進するため販売体制の確立等をはかるとともに、発売についての周知徹底をはかり、発売日前における周知徹底策として大口利用者、官公庁等に対する購入見込数の事前調査等を、また、発売後期における周知徹底策として訪問による購入勧奨、大口利用者への文書等による勧奨、その他を講じ、なお前記基本方針に沿つた販売活動をする一方、自局の自給状況を勘案のうえ大口利用者に対し前記事前の購入見込数調査を通じて事前に販売の勧奨をし、積極的に利用の喚起をはかること、との内容の指導が行われ、各郵便局は、この指導内容を努力目標として行動し、大口利用者をかかえる規模の大きな郵便局などにあつては、大口利用者に対し事前に購入予定数につき照会し、あるいは、文書等による購入の勧奨などをするものもあつたことが認められるが、前認定原告らが赴いた最寄の郵便局をはじめとする各郵便局において原告らが主張し、かつ、前認定新聞の報導にみられるように、大口利用者から事前に年賀葉書の注文を受けてその販売予約に応じ、あるいは、これら大口利用者に対し注文にかかる年賀葉書の配達をするなどして小口の利用者より有利な取扱いをしたとの事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて、<証拠>によれば、大口利用者といえども先着順の原則に則り郵便局窓口ないしこれに準ずる事務室において買い求めていたことを認めることができる。

そうすると、原告らにおいて小口の利用者として大口の利用者と同等に取り扱われることなく不利に取扱われることによつて年賀葉書を買い求めることが不可能になつたということもできない。

六以上に認定説示したところによれば、原告らにおいて前認定のように年賀葉書を買い求めることができなかつたとしても、それが、原告ら主張のように、郵政大臣の職務上の注意義務違反によるものであるとすることはできないから、原告らの本訴請求は、民法不法行為に関する規定に基づく請求としても、爾余の点につき判断を加えるまでもなく、理由がないものとして棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(小酒禮 上原理子 川崎祥記)

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